ドイツリート対訳作り――言葉を「自分のもの」にするために
今日は、私がどのようにドイツリートの対訳を作成しているかをご紹介したいと思います。
日本語とドイツ語は、文法、語順、言葉の成り立ちに至るまで大きく異なります。
そのため、ドイツ語を日本語に訳す作業は、単に置き換えるだけでは済まず、いくつものステップを丁寧に踏みながら進めていく必要があります。
① 逐語訳を作成する
まず、ドイツ語の文を一語一語忠実に訳していきます。
たとえば、
Ich liebe dich.
(私は 愛している あなたを)
というふうに、文の構造をできる限りそのまま日本語に置き換えます。
② 自然な直訳に整える
次に、日本語として自然に読める形に整えます。
Ich liebe dich.
(私は あなたを 愛しています)
文脈に応じて、語順や表現を日本語らしく滑らかに直していきます。
③ ニュアンス・シンボル・イメージを読み取る
さらに、前後の文脈やドイツ語に込められたニュアンス、象徴(シンボル)、イメージを想像しながら、意訳に取り組みます。
必要に応じて注釈や補足を加え、読んでいる方に背景や雰囲気をより伝えられるよう工夫します。
たとえば、ドイツ語には以下のようなシンボル表現があります。
🌸 植物・花の象徴
Lilie(ユリ)
象徴:純潔、無垢、処女性
出典:Manfred Lurker『Wörterbuch der Symbolik』
Rose(バラ)
象徴:愛、美、情熱、殉教
出典:Hans Biedermann『Knaurs Lexikon der Symbole』
Eiche(オーク/樫の木)
象徴:力強さ、忠誠、永続性
出典:Manfred Lurker『Wörterbuch der Symbolik』
Lorbeer(ローレル/月桂樹)
象徴:勝利、名誉、詩的霊感
出典:Hans Biedermann『Knaurs Lexikon der Symbole』
🐾 動物の象徴
Löwe(ライオン)
象徴:勇気、王権、キリストの象徴
出典:Manfred Lurker『Wörterbuch der Symbolik』
Taube(鳩)
象徴:平和、聖霊、純粋さ
出典:Hans Biedermann『Knaurs Lexikon der Symbole』Google ブックス
Schmetterling(蝶)
象徴:魂の変容、復活、はかなさ
出典:Manfred Lurker『Wörterbuch der Symbolik』
Schlange(蛇)
象徴:誘惑、知恵、再生、二面性
出典:Hans Biedermann『Knaurs Lexikon der Symbole』
🌞 天体・自然の象徴
Sonne(太陽)
象徴:生命、神の光、啓示
出典:Manfred Lurker『Wörterbuch der Symbolik』
Mond(月)
象徴:周期性、女性性、無意識
出典:Hans Biedermann『Knaurs Lexikon der Symbole』
Stern(星)
象徴:導き、希望、神聖性
出典:Manfred Lurker『Wörterbuch der Symbolik』
🎨 色の象徴
Weiß(白)
象徴:純潔、無垢、神聖
出典:Hans Biedermann『Knaurs Lexikon der Symbole』
Rot(赤)
象徴:愛、情熱、血、殉教
出典:Manfred Lurker『Wörterbuch der Symbolik』
Blau(青)
象徴:忠誠、真理、霊性
出典:Hans Biedermann『Knaurs Lexikon der Symbole』
Schwarz(黒)
象徴:死、悲しみ、神秘
出典:Manfred Lurker『Wörterbuch der Symbolik』
こうしたシンボルを読み取ることで、単なる翻訳以上に、詩の深い意味に触れることができます。
④ 最適な言葉を選び、再構築する
最後に、日本語のニュアンスを吟味しながら、語り手にふさわしい一人称(「私」「僕」「俺」など)を選び、詩として自然に響くように文章を再構築していきます。
言葉のリズムや響きを整え、最終的な意訳を完成させます。
このようなプロセスを経ることで、訳文がより生き生きと、詩情豊かなものになると感じています。
(とはいえ、私自身まだまだ試行錯誤の途中ですが……!)
特にリートを歌うときには、この対訳作業をとても大切にしています。
なぜなら、こうして作った対訳は、単なる翻訳ではなく、「自分自身の言葉」として身体に馴染み、自然な感情表現を助けてくれるからです。
100%正確な対訳を作ることは、私にはできません。
それでも、ドイツ語の詩を日本語に、自分の言葉に置き換えていくこの作業は、私にとってかけがえのないプロセスです。
とても大変ですが、これからも続けていきたいと思っています。
ドイツにいた頃は、日本語に訳しながら考えていては会話が間に合わず、
なるべくドイツ語でドイツ語を考え、感じ、話すようにしていました。
この経験も、今の「言葉を自分のものにする」という作業に深くつながっていると感じています。
