母音の響きはどこで作られる?―日本語とイタリア語の発音感覚の違い
歌っているとき、「日本語」と「イタリア語」では母音の響き方がまったく違う――そんな感覚を持ったことはありませんか?
私自身の経験から言うと、日本語では「口の形」や「唇の開き方」など、口腔の変化に意識が向きやすく、音を“口先”で作っている感覚があります。
一方でイタリア語を発音しているときは、咽頭(口腔と喉頭までの間)や舌、そして喉頭の動きに意識が向き、声の通り道そのものを変化させているように感じます。
日本語:口腔で“音を整える”発音
日本語の母音は「/a/ /i/ /u/ /e/ /o/」の5つ。とてもシンプルな体系で、発音時の舌の位置変化は小さく、口の開き方や唇の丸め方で母音の違いを表現します。
たとえば「う」の音(/u/)は、実際には「声を出さずに息を吐くだけ」のような無声化が起きやすく、とても省エネルギーです。相づちの「うん、うん」なんて、実際は「ん〜、ん〜」にしか聞こえないこともありますよね。
このように、日本語の発音は動かす筋肉が少なく、効率的に音を作るという意味で“省エネ”ですが、だからこそわずかな口の動きが音の明瞭さを左右します。つまり、少ない動きで正確に音を届けるために、口の使い方が非常に重要になります。
イタリア語:舌・咽頭・喉頭を使った“響きの設計”
イタリア語では、舌の高さや咽頭の開き具合に加え、喉頭(声帯の高さ)の位置まで微調整することで、母音ごとの響きを作り出します。
- /u/: 喉頭が最も下がり、深く丸みのある響きに。
- /i/: 喉頭がやや上がり、明るくシャープな響きに。
- /a/: 中間的な位置で、響きのバランスを担う母音。
このように、イタリア語は舌・咽頭・喉頭の連動によって、まるで“共鳴をデザインする”ように発音が組み立てられています。
歌唱における違い:精密な口の調整 と 響きの構築
- 日本語の歌唱:意味を明瞭に伝えるため、口の動きによる繊細な調整が主役
- イタリア語の歌唱:響きを豊かに保つため、喉頭・咽頭・舌の連動による“響きの設計”が主役
日本語話者がイタリア語を歌うとき、響きが浅くなってしまうのは、そもそも使っている身体の部位が違うからです。
日本語は「口先で作る言葉」、イタリア語は「喉頭・咽頭・舌の連動によって響かせる言葉」。
これは単なる感覚の違いではなく、身体の使い方そのものの違いです。
「もっと口を縦に広げて」は正解?
「母音が平たくて浅いから、もっと口を縦に開けて~」と指導された経験はありませんか?
たしかに、口腔内のスペースを少しは確保できるかもしれませんが、それでは依然として口の動きにしか注目していない状態。響きの質を変えるには、それだけでは不十分です。
まとめ:響きを作るために必要なこと
- 日本語:口腔中心の省エネ発音。ただし口の動きの精度が重要
- イタリア語:舌・咽頭・喉頭をフルに使った響きの構築
- クラシック声楽で響きを作るには、イタリア語のように母音を発音するための身体の使い方がカギ
私たちは、日本語を何百万回、何千万回も話して育ってきました。その中で培われた発音の身体の使い方を、イタリア語の歌を歌うときだけ変えるのは、至難の業です。
実体験:アライサ先生との思い出
私がチューリッヒ歌劇場の研修生だった頃、テノールのフランシスコ・アライサ先生に、ずーーーーっと「/u/の母音が違う」と言われていました。でも、直せなかったんです。
先生が示すように唇を丸めて発音してもダメ。おそらく、先生も日本語の母音の特徴をご存知なかったので、原因が分からなかったのだと思います。舌・咽頭・喉頭は口の中の動きなので私には知りようがありませんでした。
15年前の自分に教えてあげたい!(笑)
「話すように歌う」は日本語話者には通じない
イタリアの先生はよく「話すように歌って」と言いますが、日本語話者にはそのままでは当てはまりません。日本語の“話す位置”で母音を作ったら、声楽的な響きは得られないからです。
最後に
ここまで、母音の響きや歌唱時の発音について、私自身の経験や学びをもとにまとめてきました。いかがだったでしょうか?
私は医学や音声学の専門家ではありませんし、学術的に厳密な話をしているつもりもありません。ただ、歌い手にとって本当に役立つ感覚や知識を、できるだけ多くの方とシェアしていきたいと思っています。
きっと、私と同じように「なんだかうまくいかない」「言われた通りやってるのに響かない」と悩んでいる方がいるのではないかと思うのです(笑)。
私のレッスンでは、母音の響き方やそれを支える筋肉の使い方にも注目しながら、一人ひとりの声がより豊かに響くように、丁寧にサポートしていきます。
最後まで読んでくださりありがとうございました。